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テレビの過去、現在、そして未来20世紀に思い描いた夢のテレビは実現したのか? 前編

2009年7月21日(火) 文●クロックワークス イラスト●松本麻希

 手頃な値段になり、すっかり普及した液晶テレビ。街では「エコポイントつきで今がお買い得」と声高々にアナウンスされ、日々、画面から「アナログ」の文字が消えつつある。子供のころ夢描いていた21世紀も9年たった今日、輝かしい「未来」で過ごしているはずの我々が見ているテレビは、本当に「未来のテレビ」になったのだろうか?

ブラウン管時代のテレビを振り返る

 古いテレビが壊れた。子供じゃないんだから、もう少しまともな表現をすると、「画面に何も映らなくなった。声はするんだけど......」。あれ、同じレベルか。

 これを機に、液晶テレビを購入することに決めた。売り場の店員さんに相談しながら購入するテレビを決める。
「古いテレビが見られなくなっちゃって。子供のころはたたいたら直ったんですがね」。
 呆れられるかもしれないが何か話さなくちゃと口から出たのが、これ。しかし、店員さんは
「白黒ブラウン管テレビの頃はそうでしたね」
と、話をあわせてくれるではないか!
昔は、テレビに当たりはずれがあると言われた。実際、機械化される前は、人の手によって作られていたため、バラつきがあったのだ。

テレビの映りが悪くなると、テレビの横をたたく。白黒ブラウン管テレビの時代なら、これで映ることもしばしば。今でも調子が悪くなった製品をたたく人は、この時代のなごりか
※真似をしないようにしてください

 物心ついた時には、すでにうちにテレビはあった。日本でのテレビ放送は1953(昭和28)年2月1日開始というから当然なのだが、そのテレビは白黒で、足がついていた。

 テレビを見る時に扉を開ける観音開きのものまであった。これはもう仏壇の世界である。

テレビ創成期のテレビ73A型(昭和28年東芝製)。もちろん白黒テレビだ(資料提供:東芝科学館)
マウスを乗せてみてください
昭和30年代後半に製造された観音開きのテレビ。普段使わないときは扉を閉め、テレビを見る時に扉を開ける(資料提供:昭和ハウス)

白黒からカラーへ

 カラーテレビの登場は1960年(昭和35)9月10日。その頃の放送は、カラー放送だけではなく、白黒放送も混じっていたというから驚きだ。現在はアナログ放送の場合、画面に「アナログ」と表示されているが、当時はカラー放送の時に、画面に「カラー」と表示されていたのだ。

カラーテレビD-21WE(昭和35年東芝製)。最初の東芝製カラーテレビは、NHKの放送技術研究所に納入された(資料提供:東芝科学館)
上は、カラーテレビ16WR(昭和35年東芝製)。今では珍しい、足がついているデザイン(資料提供:東芝科学館)。下は、昭和30年代後半東芝製でデザイン性が高くやはり足つき(資料提供:昭和ハウス)

 白黒テレビからカラーテレビに移行したことも衝撃的だったが、さらに驚いたのは、テレビに付加価値がつきだしたことだ。そう、家具調テレビなるものが登場したのだ。

 テレビとテレビ台がくっついて、木の枠でかこまれている。そして、たいそうていねいに扱われ、ブラウン管にはレースをかけて、見る時にこれをまくって見ていた。

 家具調テレビの面影は、今でもテレビアニメ『サザエさん』の茶の間で見ることができる。

80年代のセールスマンカタログより。ビデオデッキを収納できるテレビラックとまるで一体型のように設置できる家具調テレビ(資料提供:東芝)
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